◆◇王子の日常◇◆ -6ページ目

【6】MRI検査

【2018年の1月に卵巣嚢腫の手術を受けました。
これは、その手術に至るまでのお話しです。】


2017年9月22日、今にも降り出しそうな空と心・・・

朝は絶食、飲み物はOK。
脳のMRIは飲食の影響は受けないから
絶食などはない。そこが違う。
脳以外のMRIを受けるのは初めてだ。


MRIを撮りに行ったのはまるでホテルのような佇まいのクリニック
CT・MRI・PET検査や放射線治療等のみ行うようだった。
http://www.aoikai.jp/h-heiwa/



検査前、緊張のあまり何度もトイレに行きたくなる私に
「なるべく膀胱に尿をためていてください、その方が写りが良いので」
と看護師さんに言われたが無理。

腸の動きを止めるブスコパンを筋注されてしばらくすると検査室に。
筋注が全く痛くなかったのは緊張のせい?

MRIは、もう脳の方で何度も経験済みなので
五月蝿い工事中のような騒音は大して気にもならず
軽く寝てしまうこともあるくらいだ。
だけど、今日は違う、寝るなんてありえない
そして、心の中では「ついでに違う箇所で変なもの(悪いもの)が
発見されませんように」と祈っていた。

MRIの部屋は冷房がとても効いていて寒い。
機械のために冷房を効かせている。
毛布をたくさん掛けてもらう。

そうそう、遠赤外線下着やヒートテックなどの機能性下着は
発熱し火傷をするおそれがあるので禁止だそうだ。

脳のMRIと違い、腹部なので多少首を動かしても問題ないので気が楽だった。
途中、造影剤が静脈から注射された時は、お腹や腰がかなり熱く感じた。
余りの熱さで不安になりボタンを押しそうになった。
検査は20分程度で終了した。

毛布を取ってもらいながら技師の男性に明るく笑顔で
「お疲れ様でした~」と言われた。
「えらい明るくない?もしかして悪いものが写っていたら分かるよね?
知ってるの?だから敢えて明るく接してくれるの?」
みたいな被害妄想する始末だ・・・どうにもならない。

起き上がって脳貧血を起こす。


今日の結果はどうだったんだろう・・・?
そればかりが気になる。

ますます、夜も眠れず疲れがたまる。食事も飲みのも欲しくない。
一日中病気の事ばかりを考える。

「まだ、決まったわけじゃない。大丈夫。きっと大丈夫。
・・・・でも、もし悪かったら?・・・どうする?」堂々巡りだ。



卵巣がん。


調べたい・・・だけど、
あえて、ネットで検索をすることはやめた。
気が狂いそうになるから・・・



そんな時に見つけたある方の文章。


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不安で眠れないあなたへ。


結論から言いますと、どうしようもないです。
でも不調を感じて医者に行ったのだから偉いですよ。
一番いけないのは、不調を感じながら怖いから医者に行かない、です。これ最悪。
明後日CTを受け、その結果は1週間後くらいですかね。
それまではどうしようもないんです。逆に言うと
「どうしようもないことを悩んでも仕方ない」んです。
悩んでどうにかなることであればですが、そうでなければ悩み損です。

何でこんな能天気なことを言っているか?
というと私自身が元癌患者だからです。
現在35歳。手術から2年経ちます。実際癌になると分かりますが、
一生付き合っていかねばならない病気です
(常に再発の恐れと戦っているため)。
なので、今日明日で一喜一憂しても意味がないのです。
どんなにケアをしても再発するときは再発するし、しないときはしない。
では、不安とどうやって向き合っていくのか?
私の場合は「運命」と割り切ることでした。
味噌を自ら作り、田舎から野菜を送ってもらい、
自家製野菜ジュースを飲み、タバコ・酒はやらず、
毎日7時間以上の睡眠。良く体を動かして、33歳で癌ですからw。
俺が癌になるんだったら、他の連中なんて即死だぞ!とw。
但しこの割り切りにだって相当な期間を要します。
私の場合は2か月程でしたが、何年も心の病を抱え続けている人もいます。

まだ結果の出ていないことを心に病むことくらい
バカバカしいことはありません。
もし癌だったら、その時点から「一刻も早く根治する方法を探る」
努力をすれば良いのです。
食欲がわかないときは、自分が食べたいな、
と思うものを少し食べればいいでしょう。
気にしない気にしない。仮に癌でなかったとして、
あなたが明日生きている保証も、
これから100年生きる保証もどこにもないのですから。

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そうだね。
うんうん・・・・そうだね。

少し落ち着いた。




かかりつけのメンタルクリニックで何度か、点滴をしてもらう。
脱水を起こしているわけでもないが
点滴をする。という行為で気持ちが救われるのだ

看護師さんと話をする。
「お腹が出てないから大丈夫、腹水も溜まってないし」
などと、慰めを言ってもらう。
そんな・・・鶏の卵くらいじゃお腹でないでしょう
腹水ってそれじゃ末期でしょ・・・
とつっこみたいところだが・・・

点滴中に少し眠ったかもしれないと思い「私寝てましたか?」と聞くと
「ええ、安らかに^^あ・・・ごめんなさい^^;」

と、笑えるような笑えないような会話をして苦笑い。



次のS病院の受診までの1週間がとても長く感じる。
この時期がいちばん精神的に辛かった。




医療費 腹部MRI ¥10350 

【5】S病院婦人科受診とK病院での痛い思い出

【2018年の1月に卵巣嚢腫の手術を受けました。
これは、その手術に至るまでのお話しです。】



かかりつけ医受診から二週間後の9月15日S病院を受診した。



大きな病院へ行く=重大な病気
という図式が幼いころからあるので怖くて仕方ない。


以前、生理の出血が恐ろしいほどあり貧血が酷くなった時に
南区にある総合のK病院へ行ったことがある。

担当医は、良い先生(看護師談)らしいのだけど
淡々としニコリともしないた男性医師だった。
初診の日、貧血でヨロヨロとやっとの足取りで診察室の椅子に座った私が
「先生・・・こんなに出血が多くて・・・
私・・・大丈夫なんでしょうか・・・?」と聞くと、
「あなた、今歩いてきたでしょ!大丈夫なんじゃないの?」
と意地悪なことを言われた。
その時に子宮内の組織を取る検査をしたが
これがかなりの・・・とても痛い検査で気を失いそうになった。
子宮体がんの検査どころではない。
子宮内膜の組織をはさみのようなものでつまんでは切る?
ようなことをしているのか?
7か所くらいだっただろうか?

最初、冷たい優しさのない先生だと思っていたが
検査の途中で私が唸り苦しむものだから
「ごめんね!痛いよね!もうすぐ終わるから!
もう2か所だけ採らせて!ごめんね!頑張って!」と励ましてくれた。
元をただせば、赤ちゃんを取り上げる仕事だ。
この先生、優しいのかもしれない。
しかしながら、今思っても、我ながら良く頑張ったと思う。
でも、できれば安定剤かなにかでぼーっとさせて欲しかった。

診断名は子宮腺筋症だった。
治療薬のホルモン剤は血栓を作りやすくする副作用があるので
私には使えなかった。だから、治療法がないということだった。

その後も出血がかなり酷く、
40cmの夜用ナプキンが30分持たなかった。
だから、介護用の尿とりパッドを使った。
体中の血液が全部出てしまうのではないかと思った。
夜、ふとおしり辺りの冷たさに目が覚めると
おねしょのような大きさの血の海だった。

女性は毎月、血を見るので慣れてはいるはずだが
それでもこの異常さは恐怖でしかなかった。

それが何日も何日も続く・・・
だけど、その頃は生理痛が無くなっていたのだ。
子宮内膜症だと言われた頃から15年間イブをまるで
ラムネ菓子のように噛んで服用し手放せなかったのに。
「あと何回この痛みと闘うのだろうか・・・
早く閉経してほしい・・・」生理の度に思った。

毎日、近所の婦人科でフェジンを注射してもらい。
これ以上酷くなると輸血が必要だと言われた。
鉄剤は胃が痛くなり合わなくて飲めなかった。

止まっては、また始まる。
そんなことが3か月位続いてやっと収まった。

母や、周りの先輩方に聞くと
「あー、あがる前は酷かったよねー」と聞いた。
子宮に病気がなくとも、出血量が増えることは
良くあることだったのかもしれないが、
さすがに私ほどではないらしい。


S病院には母の認知症の検査で2度
私の手の骨折で1度訪れたことがあるが、
先が見えない病気での受診はことのほか緊張した。

担当医は私と同じくらいの年齢の女医さんだった。
これまで、介護を理由に健康診断等を全く受けていないと
いうと、あきれたわ~という顔でため息をつかれてしまった。
自分の体よ?わかってる?と・・・叱られた。

まずは、卵巣のMRIと血液検査。
S病院は、MRIは他院へ紹介しそこで検査をしてくる
というパターンらしい。

内診でポリープを診てもらう。
ポリープを診てもらうたびに出血をするので嫌だった。
その出血をみて現実なのだと落ち込む。

この時点で、先生に言われる。

「検査の結果が、悪性であれば当然手術です。
が、良性であってもこの大きさです、
破裂の可能性もあります。それから卵管が捻じれるという事態になっても
あなたは、抗血小板薬を飲んでいるから緊急手術はできない。
だから、休薬して手術をしましょう。いいですね」と

いきなり手術の宣告を受けてしまった。



医療費 ¥4320-

【4】かかりつけ医の婦人科へ

【2018年の1月に卵巣嚢腫の手術を受けました。
これは、その手術に至るまでのお話しです。】


2017年9月2日、かかりつけ医の婦人科を受診。


内診の結果、ポリープは1円玉くらいの大きさと知る。

「外来でも取れるけど、これは取っても取らなくてもいいよ。
問題は左の卵巣。これ、いつから大きくなってきたのかも
分からない。当分のあいだ診察していないからね。
大きさは大体鶏の卵位。本来がうずら卵位なんだよ
この大きさだし・・・閉経後の卵巣の腫れはね、悪性の場合も考えられるから、
S病院を予約しているならしっかり検査したほうが良い。
あと、筋腫の方は前と同じで3個あるけど、問題ないよ。」

優しい顔の先生がいつも冗談で笑わせてくれる先生の顔が真面目な顔して言う。

悪性?悪性の可能性って・・・

え・・・・
そんな・・・
卵巣の腫れって深刻なことだったの・・・

深く考えていなかった。
若い頃から子宮が腫れているね。なんてよく言われていたから
そんな感じの延長で考えていた。
様子見でなんとなく月日が流れると思っていた。
「大したことないよ」と
「よくあることだよ」と
言ってもらえると思っていた。


車で迎えに来てくれていた夫に話す。
「なんかね・・・ポリープよりも卵巣のことのほうが問題みたい・・・
ちゃんと調べないといけないらしいよ。」


夫は黙っていた。




半年?いやそれよりももっと前からだったか
時々、左の卵巣付近に痛みがあったのだ。
痛みは一瞬でギュっとする感じだった。
それは何か関係があったのかな?


頭の中は悪い想像で一杯だった。
夜も眠れず、食欲も全くなくなった。
数週間で見てわかるくらい痩せてしまった。
顔色の悪さを化粧と空元気でごまかし
毎日母の施設に食事介助に行く。

当然、職員さんに痩せたことを気付かれる。
体調を聞かれるが「ダイエット中だ、元気だ。」と答える。



母のいる老健施設は特養ではないので
ずっといられるわけではない。
数か月後には、他の施設を探さなければならない。
この探す作業が本当に大変なのだ。
受け入れはなかなかない・・・
この繰り返し・・・
お金もない。あれば老人ホームに入れるが
そんな余裕はない・・・



介護に携われる人間は身内に私しかいない・・・
あぁ・・・神様いじわるしないで・・・

どうか、悪い病気ではありませんように・・・
毎日、祈っていた。



医療費 ¥3240-